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2012年3月

2012年3月31日 (土)

頑張れ巨人

 

TVCMで原監督が“今年は優勝します”と力強く語っていたが、昨日・今日と連敗してしまった。観客席のオレンジ・タオルも気のせいか色褪せて見えた。大金を投じて競合チームから主砲を引き抜き4番バッターだけでチームを編成しても、打線に繋がりがなければ点が取れず勝てないと評論家が解説していたけど、図星だね。でも、巨人ファンの皆さん、明日からはいよいよ他チームから分捕ってきた超エース級ピッチャーの出番だ。仲間の事など考えずがむしゃらに投げ抜けば自ずと勝が見えてくるというものだ。明日があるさ明日がある。明日はきっと勝ちますよ。ところで、原さんのお言葉が“今年で辞めます”と聞こえるのはアンチ巨人の耳の遠くなった年寄りのせいか。

 

 

2012年3月29日 (木)

天国に一番近い島ニューカレドニア

天国に近いかどうか分からなかったが、交通マナーの良さは天国並みでした。海岸を散歩していて横断歩道の近くで、さて渡るか渡るまいか思案していると、忽ち路上の車が先読みして停車し待っているので、嫌でも横断歩道を渡らされることになる。日本に帰って手を挙げて横断歩道を渡ろうとしても、なかなか車が止まってくれない。特に民度が低いのか我が地元はさっぱりです。道交法では止まらなければ違反のはずで、私自身歩行者の横断を妨げたとして隠れていた警官に捕まって罰金をとられた覚えがあります。

1211               丘の上から大聖堂越しにハーバーを望む
1221 

1231           世界カヌー(?)選手権を間近に練習に励む中年男女

1241                  ビーチは波もなく空いている
1251           木の実を食べにゴシキセイガイインコの一行がやってきた
1261          大型のインコが去るのを待ってメジロの一行が食事にきた






2012年3月27日 (火)

奈良の遺跡

117                     ご存じ石舞台古墳
11915代応神天皇の宮殿とされる軽島豊名宮跡、日本書紀によれば応神天皇は西暦201年生まれ310年崩御109歳とされているが、実在濃厚な最古の大王とも言われているそうな。
118
8代孝元天皇劔池嶋上陵とされているが、宮内庁は発掘踏査を認めないので定かでない。

 

先日橿原市の8代孝元天皇陵を観光し、帰宅後ネットでそもそもこれは何だろうと調べてみたところ、8代天皇は日本書紀と古事記によれば紀元前273年生まれ同158年崩御で、なんと115歳の長寿ということになっていた。初代神武天皇は紀元前711年生まれ同585年崩御で、126歳となっている。即位は紀元前660年でこれを皇紀元年としているから今年は皇紀2671年というわけだ。16代仁徳天皇に至っては西暦257年生まれ399年崩御142歳というとてつもない長寿ということになっているが、この辺までは実在説はあるものの神話の世界だったようだ。しかし、古代日本は10進法ではなく8進法であったとの説があり、これによれば103乗の1000年と、83乗の512年を対比するとそれなりに辻褄が合ってくるともいえる。さて世界史年表によれば、西暦57年に「倭の国王、後漢に遣使」と、107年に「倭面土国王、後漢に遣使」と中国側に記録が残されているのが、倭が歴史の表舞台にでた最初である。西暦57年ころといえばローマ帝国では暴君ネロの治世で、聖パウロが伝道していた時代であるが、日本から海を渡って後漢に遣使した倭の国王とは誰なのか記録が残っていない。群雄割拠していた中で抜きん出ていた豪族が、遥々大陸まで遣使し後漢の皇帝のお墨付きを頂きに行ったのかもしれない。その後239年に「倭の邪馬台国の女王卑弥呼が魏に遣使」、243年「卑弥呼、魏帝に貢物を贈る」、245年「魏の斎王、倭国使に物を与う」とご存じ卑弥呼が魏史倭人伝に登場してくる。大和朝廷が統一を果たしたのはその後の4世紀とされており、仁徳天皇以降の天皇の寿命が現代人並みになってところからすれば、このころから10進法になったのかもしれない。というわけで日本の古代史はかなり怪しいと確認できたのが奈良の旅の成果だった次第。

 

2012年3月25日 (日)

松田山の河津桜

好天に誘われ大井松田の桜祭りに出かけました。今年は寒かったせいか、いつもより開花が遅れていて、ぼんやりしていた我々も間に合った次第です。

114_2

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ところで全く余分な話で恐縮ですが、今夜の巨人はメジャーのアスレチックス相手に実力を発揮できず完敗しました。選手に問題があるのか、首脳陣か、はたまた経営者に問題があるのか、アンチ巨人の身としては分かりかねますが、日本人としてはこの際何としてももう少し頑張って欲しいと思っています。しかし、今年の巨人は、福岡から杉内、ホールトンを分捕って、投手陣は先発過剰で嬉しい悩みを抱えているという。打撃陣もビリの横浜から主砲を引っ張り込んで補強に余念がないなど、万全を期しているご様子。よもや3年連続優勝を逸するなんてことは万に一つもないでしょうな。

2012年3月23日 (金)

バリ島は夢の島

天気が悪く撮影できないので、昨秋のバリ島をアップします。因みにバリは、恋に破れた大人の女性がひっそりと籠って心の傷を癒すのに恰好の地だそうです。106            日本のバイクが人気で、4人乗りの一家も珍しくない

107               レギャンビーチで乗馬を楽しむ白人一行

108           ムアヤビーチでビーチサッカーを楽しむ地元の少年たち

109                         棚田

110_2              ヒンズー教の本山ブサキ寺院で沐浴する信徒

111_2                      神前で祈る信徒

112
      バロンダンスの踊り子は目を大きく見開いたまま決して瞬きしないのだ。



















2012年3月21日 (水)

アンチ巨人の独り言

 毎年の事ではあるが、巨人の戦力補強は今年も常軌を逸しているとしか云いようがない。常勝し続けるには、先ず自己の戦力を増強するに加え、更に対戦相手の戦力を弱体化させるのが当然取るべき戦略というもので、その結果彼我に絶対的な戦力差が生じることになる。高い地位を約束して敵将を裏切らせ勝利を呼び込むというのは、戦国時代に盛んに行われた調略だったが、死ぬか生きるかの戦国の世では至極当然のことであった。しかしプロ野球は絶対的な覇権を目指すスポーツではないはず。メジャーリーグ(MLB)は加盟チームの戦力を均衡化することに注力し、各球団の給料総額に上限を定め、これをオーバーした球団(ヤンキースは毎年多額の拠出をしている)はペナルティーをコミッショナーに支払い、これを弱小球団に再分配している。さらにTV放映権もコミッショナーが握っていて公平に各球団に分配しているそうだ。ところが巨人はTV放映権料を握って離さず、この収益で多額の補強費と年俸を出しているわけだ。すべてをオープンにしているMLBと違い、巨人は選手の年俸総額を公開することもTV放映権などの既得権を手放す気もさらさらなく、完膚なきまでに勝ち続け得る体制造りに躍起となっているとしか思えない。ここまでやってもここ数年優勝から遠ざかっているのはお気の毒というものだが、しかし大読売が総力を挙げて戦力強化に努め、もしも111弱なんて時代が到来したら、ごく一部の巨人ファンだけが残って野球ファンは総引き揚げとなるだろう。渡邊会長は戦国時代に秀吉や家康と覇を争っていればよかったのだ。不幸なことに生まれた時代が間違っていたというべきだろう。

 喧嘩を売るつもりは毛頭ないが、巨人ファンも失礼ながら質が落ちてきた。ドームのネット裏といえばプラチナ券を大手企業から入手できるエリートばかりのはず。それがオレンジ色のタオルを首から下げての観戦とは見るに堪えない。若い人はご存じないかもしれないが、首にタオルを巻くなどは山谷の労務者の定番スタイルだよね。

ところで、小生朝日も読売も大嫌いで、決して朝日の肩を持っているわけではありません。念のため。

 

2012年3月20日 (火)

オスプレイはミサゴ

 沖縄普天間基地の辺野古への移転は暗礁に乗り上げているが、この辺野古に新開発の垂直離発着機オスプレイを配備する計画だった。ところが辺野古への移転が不発に終わると、世界一危険な基地とされる普天間に配備される可能性が出てきた。何しろオスプレイは騒音甚だしく、また開発段階で墜落事故を多発しており、世界一危険とされる普天間飛行場に世界一危険な軍用機が配備されるという恐るべき事態になるわけである。沖縄は普天間の県外移設を断固主張していて、我々よそ者でも辺野古への移転は万に一つも実現性がないと思っている。ところが、政府は「沖縄県民のご納得を頂けるよう誠心誠意説明する」と妙に自信を持っており、ひょっとすると沖縄振興策の積み増しで手打ちする筋書きが出来上がっているのかもしれない。先年米国国務省の高官が「沖縄はたかり上手」と云ったとかで県民の怒りを買い更迭されたが、ここで取引に応じたりすると“やっぱりか”、ということになってしまうね。

 余談はさておいて、嫌われ者の軍用機オスプレイと違ってワシタカ科のミサゴ(英名Osprey)は騒音などなく、カメラマンの人気を集める猛禽類だ。

 100               獲物を求めて悠然と大空を飛翔
101                獲物(ボラ)を狙って水中へダイブ
102                    首尾よくボラをキャッチ
103_2                  両足でがっちり掴んで飛翔
104                     食事場所へ移動

2012年3月18日 (日)

そろそろプロ野球シーズン

楽しみにしているプロ野球開幕の前に、アンチジャイアンツとして聞き捨てできないニュースが公にされた。それは、巨人が入団契約金で大幅な裏金を出していると朝日がすっぱ抜いて、朝読紛争が勃発したというもの。契約金には何やら最高標準額というわけのわからない決まりがあり、最高1億円プラス出来高払5千万合計15千万円とされていたが、実は巨人の6選手に総額30億もの裏金が出されていたという。読売はあくまで最高標準額であって上限ではないし、どこの球団でも多かれ少なかれやっているではないかと居直っている。TVではテリー某とかいう巨人ファンの芸人が、他球団もやっているのに巨人だけを責めるのは不公平だと巨人によいしょしていたが、金額の桁が違うよね。毎年有望な新人が入団契約をすると、読売新聞も契約金1億プラス5千万円(推定)とぬけぬけとウソ報道していたわけだ。

 これは盗人猛々しいと云うべきで、裏金で釣って逆指名をさせた上、毎年他球団のエースや主砲を金でかき集め頭数過剰となってしまい、あたら実力者をベンチや2軍で飼い殺しする始末だが、そこまでやっても優勝から遠ざかっている現実には読売グループのお偉方はさぞかしお腹立ちでしょうね。

 

 

2012年3月16日 (金)

遅れ気味の春

菜の花で名高い篠窪から梅の名所曽我梅林を回ってきました。篠窪の菜の花は例年にない寒さにやられ、農作業に登ってきた土地のご婦人たちによれば、菜種の収穫は見込み薄とのことでした。曽我梅林の梅祭りは1週間前に終わったそうですが、今も盛りの見頃が続いていてラッキーでした・

93_2                 篠窪の菜の花の背たけは半分以下

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                      富士も真っ白
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2012年3月11日 (日)

3.11

 

あれから早や1年。東北の復興は遅々として進んでいないようだ。当日我が家にも震度5弱が襲い、71年の生涯で初めての経験に驚いたものだったが、TV報道で見た東北の恐るべき被害にただただ呆然としていたことを思い出す。大津波に加え福島原発の大事故で政府の対策や報道は混迷を極めていて、津波被害のなかった地域でも東北地方全域に亘って風評被害で観光客が激減しているとのことだった。未曽有の災害の最中にあっては観光を云々するのはいかがかという考えもあろうが、観光を生業とする人々にとっては生命線を絶たれるも同然である。というわけで、僅かでも復興の一助となるかもしれないと我ら仲間は連れ立って427日東北道を一路福島へ、先ず天下一といわれる三春町の瀧桜、次いで会津若松鶴ヶ城、更に大内宿と廻った。いずれの地でも県外ナンバーの車はほとんど見当たらず、閑古鳥が鳴いていて地元の人たちは諦め顔だった。

                

91_2                 当日は本棚から落下して散乱
84_5                 がらがらの三春の瀧桜

 

87_3                  鶴ヶ城も見頃だったが・・・
90                 人気の大内宿もこの有様

この震災で命を落とされた方々のご冥福を祈るとともに、行方不明の方々の早い発見と、ご家族や家を失われた方々の一日も早い立ち直りを心から祈念します。





2012年3月 4日 (日)

再びの奈良

最近TVで「再びの奈良」というCMを目にするが、私の場合孫の初宮参りで再びの奈良という仕儀となりました。奈良は修学旅行以来余り縁のないところでしたが、就中橿原はやたらめったら遺跡の多いところで、神武天皇陵(かなり怪しい)をはじめ歴代天皇陵や古墳が数多あります。1時間も歩けば旧跡の二つ三つは軽くこなせるし、駅前レンタサイクル利用で相当見学できますよ。

75_276_5         京都駅構内のカフェでの京都限定舞妓さんカプチーノ300円

77_3  奈良では初宮参りの祝着に紐付御祝を括り付ける習わしがあるそうです

78_2
藤原鎌足を祭った談山神社には重文が数多あるが、中でも木造では世界唯一という十三重塔が目玉

80_2          第8代孝元天皇陵だそうです。前方後円墳でした

81_2橿原市今井町は東西600m、南北310mの狭い範囲に町屋500棟がぎっしり立ち並び、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。道は狭く車もほとんど通行不能。

82_3レンタサイクルで今井町へ出掛けたところ偶々古い木造家屋の火災に遭遇。小型の消防車が駆けつけていたが、狭い路地なかで消火もままならない状態でした。













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